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祖母が亡くなりました

祖母が亡くなったため、実家に家族を連れて帰っておりました。このblogは日記ではないものの、人間が死ぬことで、残された人間に対する影響はそこいらのコンテンツビジネスとは比較になりません。ということで、「人が死ぬことで伝わる情報とその価値」についてメモっておきたいと思います。

●満92歳

満92歳で亡くなりました。大往生といっていいでしょう。しかしながら、何回か入退院を繰り返しており、痴呆も激しくなり、介護をしてくれている私の母も認識しているのかどうかが分からなくなっている状態でした。

家での介護を母がやってくれていたものの、どんどん床ずれが激しくなってきて、さすがに家では対処できないということでの入院でした。これまでも実家に帰るたびにもうだめかと思いましたが、半年後に帰ってみるとさらに悪化していたのに驚きました。まだ老化する余地があるということに対する驚きです。

●最後の別れ

死に目にはあえませんでしたが、正月にはひいおじいちゃんの50回忌の法事をやりました。実際には親戚一同が、生きている間のおばあちゃんと会うための目的も強かったです。それこそ枯れ木のような手を握ってみると、予想外に暖かかったです。

痴呆が激しくなってから、入れ歯を外したため、どんどん口が小さくなってしまっていました。何かしゃべろうとしているようでしたが、舌が丸まってしまい、何を言っているかは聞き取れませんでした。それでも「誰か親類が会いに来てくれた」ということと、その感謝の意はしっかりと伝えようとしていました。

会った当時は、これで生きていると言えるのだろうかという気持ちもありましたが、亡くなってみると、「あんなにしっかり生きていたのに急にゼロになるんだ」という気持ちになります。それくらい生きていることと死んでいることの差は大きいです。

●連絡

母から前日の夜に「そろそろ容態が悪化してきた」との電話がありました。携帯電話に直接です。ナンバーディスプレイに「公衆電話」とあるときには、病院からであるということですので、そのことが緊急性を物語ります。これはお寺の住職も「公衆電話から電話があったときにそうかと思った」と語っておられました。

亡くなったことの連絡はメールです。すぐに母に折り返し電話をして、お通夜の日程を確認しました。

●準備

身内が亡くなるのは物心ついて初めてです。喪服はおろかスーツさえ満足に持っていないので、まずはダイエーで黒のスーツを買うところからスタートです。一時期「2プライススーツ」なるものがもてはやされましたが、今もダイエーにはありました。とりあえずいつものように店員さえいないスーツ売り場から何とか店員を探し当ててきてスーツ購入。

香典というのは、実の孫がするものかどうかは分からないけど、とりあえず香典袋をコンビニで一つ52円のものを買いました。

●移動

妻と娘二人を連れて新幹線へ。いつも帰省で帰るときには相当まえから準備をするのですが今回はあっさり帰ります。帰れるもんです。

●到着

家に到着すると、もう既に葬儀屋さんと地元の人たちの手で完全にお通夜の会場になっていました。そう、私の実家では家でお通夜とお葬式をするのです。田舎の家なので、ふすまを外すと、20畳くらいのスペースができあがります。自分が住んできた家が、「会場」になっているということにまず驚きがあります。

●再会

当然お通夜だから、死んだおばあちゃんにあうものだと思っていました。が、家に到着するといつもおばあちゃんが寝ている部屋におばあちゃんが布団に入って寝ているのです。てっきり棺おけに入っているものだと思っていましたが、まだ布団なのです。顔も血色はよく息をしているようでした。

死んでいる人間を間近で見るのはこれがはじめてです。でも間近で見てもそれが死んでいるのかどうかが分かりません。触ってみると驚くほど冷たかったです。ドライアイスで冷やされていることもあるのでしょうが、触って初めてそれが人ではなくモノであるということが分かりました。

●遺影

祭壇には既におばあちゃんの遺影があります。まだボケる前の頃の表情です。80歳のころの写真でまだ表情がしっかりしています。市で「80の時に写真を撮ろう」というイベントがあったらしい。つまり「そろそろ遺影を撮っておきましょう」ということでなんだかいやらしいですが、実際にはとても愛のある制度だって思います。

●お通夜のお食事

大量のオニギリとから揚げとサラダと煮物がありました。これをみんなで食べます。シンプルですがおいしかったです。

●続々とあつまる親戚

祖母には4人の子どもがいます。そのうちの一人が私の父です。4人とも結婚をしており、みんな子どもがいます。大量の従兄弟があつまります。さらにその従兄弟も結婚をしているので、ひ孫が続々とあつまります。本来は帰省のタイミングで会ってもよかったのですが、多すぎて収集がつかなくなる(寝るスペースもない)のでいつもずらして帰省していました。それが初対面となります。私の娘の同級生もおり、すぐに仲良くなりました。

お通夜やお葬式の一番のポイントは、「普段会わない人を会わせる力」なんだと思います。死んだ人に対してどんなアクションをとっても意味がないのだけれど、死んだ人を節とした枝が同じ時間に同じ場所に集まる、このことはおそらくものすごく価値の高いことなんでしょう。年賀状でしか見なかった人が今目の前にいる。

泊まりきれない人は駅の近くのビジネスホテルに宿をとっていました。

●納棺

お通夜の夜には納棺をします。葬儀屋さんがてきぱきと棺を組み立てます。ちょうど家具で買う「組み立て式カラーボックス」が入っているようなダンボールを開くと、工具なしで組み立てることができます。思ったよりも細いです。幅が広いと遺体が中でずれちゃうので幅は狭いほうがいいとのこと。手を組み合わせるので上下は深くなっており、さらにふたは中央が高くなっています。棺自体は相生市で決まっていてそれを使っているだけということでした。葬儀屋さんによると、「相生市の棺は上等だ。ベニヤじゃない」「でも組み立てるのはこっちは面倒」とのこと。

さて遺体を棺に収めます。まず顔や手をアルコールのようなもので拭きます。本当に消毒をしているのか単なる儀式なのかはよく分かりません。でもお別れなのでやってみました。今まで手が布団で隠れていたので手を拭いてみます。死んだ人の手はさすがに見てもそれが死んでいることが分かります。マネキンの手のようなのです。生きている間にお見舞いに行って触った手には表情がありました。死んだ人を見ると「生きているとはどういうことか」が良く分かります。

次に抱き上げます。どこをどう持てばいいのか分かりません。とりあえず足を持ちました。完全に硬くなっており、まるで木材を持っているようです。

棺に入れるとおばあちゃんはだいぶ小さいせいか、上下に隙間ができます。「もっと上じゃないのか?」という話も出ましたが、「とりあえずふたをかぶせてテストしましょう」。ちゃんと窓からお顔が見えたのでテストは合格。

遺体が布団にある状態も棺おけに入れた状態も、頭は常に仏壇の方向です。たまたまそれが北方向でしたが、葬儀屋さんによると、北を優先するのではなく仏さんの方向であることが目的だそうです。

●弔電順

葬儀屋さんから、冗談交じりにお願いされたのは、「弔電順はめんどくさいけど頑張ってね」とのこと。誰が偉いかというのもあるものの、田舎の葬式には必ず、市長、議員が弔電を送ってくると。特にややこしいのは、対立候補が両方送ってくる。どっちを先に読むかでどっちかを応援しているように見られる。特に相生市は国会議員が二人いて、自民と民主。こりゃめんどくさい。忙しいさなか悩む時間がもったいない。

焼香順を決めるのも大変。「近い人」から焼香するのがいいのだけれど、「近い人」の妻はどうするんだとか、年の順なのか、男女は区別するのかとかあれこれ。説明可能なルールにすることも優先されて、一つの葬式の中で矛盾があると気まずい気がする。属性を入れると自動的に焼香順を出すアプリが欲しいくらい。

ちなみにこれらの作業は私は全く分かりませんでした。それぞれの人の属性を知っていないと何もできない。

●村の人のお参り

お通夜とお葬式の両日に「村の人のお参り」があります。お坊さんの代わりに村の代表がメインを担当します。この存在がすごいところ。平行して二つのお葬式が行われているようなのです。例えばお坊さんメインの葬式は、「ざぶとんなし」です。そういうものらしいです。でも村の人が集まってやるぶんにはワリとフリースタイルで座布団もある。

どういうシステムで連絡が行くのか、何時からスタートかという情報がどうやって決まるのか良く分からないのですが、およそ個人の集まりとは思えない感じがします。

●葬式当日

なんと10時スタート。てきぱきと葬儀屋さん(二人)が仕切ってくださいます。なにやらスピーカーが置かれてそれっぽい音楽が流れます。女性がいい声で、「合唱」だの「礼拝」だの言ってくれます。

最初に葬儀屋さんが「座布団はない」との説明。宗派によるというよりも地域によるものらしいです。でもそのことは葬儀屋さんに言われて初めて知った。葬儀屋さんが葬式のスタイルを決めていると言ってもいいかも知れません。

ちなみに、縁側の窓(というか扉というか)は全て外されて完全に外と中の区別がなくなります。葬儀屋さんがせっせと外してしまいました。めちゃくちゃ寒いじゃないかと思いましたが、外から参列している人が焼香するので、会場としては一体となっているんでしょう。

●お坊さん登場

前回の法事のときに会った住職を先頭に5人ほどやってきました。お坊さんは縁側から入ってきます。住職は入ってくるなり縁側の上にいたカメムシを扇子でパーンとはたきます。雑なお坊さんです。

5人のうち、私とたぶん同じ中学で知った顔が一人。中学のときの国語の先生が一人いました。田舎ならではです。なぜか学校の先生はお坊さんという副業は許可されているようです。寺子屋てなもんで、学校とお寺はセット販売ありなのでしょうか。

お経が始まると焼香です。祭壇には焼香台が3つあって、平行して進めることができるようになっています。完全に作業です。なんやかんやあって、焼香は2セットやります。

●出棺

棺を開けて、お花を入れます。このときに入れるお花は葬式で飾られているお花を抜いて入れるというシステムでした。よくできています。終わると花で飾られます。

家から棺を持って外にでるのはいいけど、革靴をどうやって履こうかとばかり悩んでいましたが、中で4人で持って外の4人が受け取るというスタイルで霊柩車まで運びました。霊柩車の中は、レールのようなものがあり、そこに入れると力をいれずに中に入ります。

●火葬場へ

火葬場がどこにあるかさえ知りませんでした。霊柩車の後をバスで着いていきます。めちゃくちゃキレイな建物が丘の上にありました。火葬場と葬儀場がセットになったような建物です。入ると、完全にパッケージ化された流れで、最後のお別れをします。長い間外にいたのでトイレに行ったのですが、すぐに「最後別れ」の焼香が始まりました。

焼香が終わると今度は専用のフォークリフトのようなもので、焼却炉のような部屋に入ります。そこで喪主がカギを受け取って、2時間後に来るように言われます。炉の単位でカギがあるのです。

10時から葬式が始まって、ここまでで11:30くらい。ものすごく早いです。前の日のお通夜の時には、遺体が布団に寝かしたままの状態に「けじめがついていない」感じを受けたのですが、、葬式が始まって二時間もたたないうちに「燃やしてしまう」ということに、「けじめつけすぎ」の感覚がありました。「モノじゃないんだからそんなにあっさり燃やさないでくれよ」というのが正直な感覚です。もちろんもうモノになってしまっており、これほど分かりやすい「けじめ」はないでしょう。

●お昼

お昼ごはんは公民館です。個人の葬式のお昼ご飯の会場に公民館が使えることにも驚きですが、公民館のキッチンを見ると地元の奥さんがずらり。本当に頭が下がります。

●徒歩で家まで

公民館から家までは徒歩10分。田舎では常に車で移動なので、親戚数十人が田舎の道を歩くのはまさに葬送って感じです。初めて会った従兄弟の子ども同士が仲良く歩いています。おばあちゃんが会わせてくれたってことをひしひしと感じます。

●家に到着&火葬場へ

どういうシステムか分かりませんが、葬式のセットがきれいに片付いています。家に到着すると今度はすぐに火葬場です。行きはバスで移動しましたが、今度はめいめいの自家用車で乗り合わせての移動です。火葬場で「お別れ」をする集団と、「骨を拾う」集団とは別物のようです。

●お骨で再会

またまたキレイな火葬場に到着です。人の骨を見るのはこれがはじめてです。実際にお骨を拾う部屋の前に部屋があって、そこで待ちます。建物がきれいなので、そこで火葬をしているとは思えないです。この扉の向こうでは、死んだ人が焼かれているはず。

お骨登場です。まだ近づいただけで熱さが伝わってきます。かなりキレイに焼けていますが、頭から足までちゃんとあることは分かります。頭の中で肉をつけておばあちゃんをイメージできてしまいます。ショックでした。何段階にもわたって「死んだ」ということが伝えられます。

しばらく(数分間)は無言で担当の方が、ざくざくと整理をしています。どうも「のど仏」を探しているようです。のど仏はほとんど燃えてしまっていて、そのかけらを見せてくれました。「ここのかけらとこのかけらがこうつながって仏様が座っているように見えるのでのど仏と言います」と説明してくれます。

お骨を拾うのははじめてです。渡されたのはさいばしのようなもの。一方が木でできていて一方は竹でできています。昔は木の箸担当と竹の箸担当が分かれていて箸わたしをしたようですが、今は一人二役で橋渡しはしないそうです。

骨壷が二つあって、担当者の方が、とりわけるごとに「大きい方」「小さい方」と指示をしてくれます。それにしたがって順々にお骨を入れていきます。また取り分ける再には、「これは右手の指の骨」「これは右足の指の骨」と説明をしてくれます。下から順に骨壷に収めていって、最後に頭蓋骨でふたをするというストーリーになっているというのを最後に話してくれました。

担当の方が取り分ける再には、大き目の骨を砕きます。それもただのお箸です。起用に壊していきます。

担当の方は、機械のように淡々と進めていきます。でもこっちはかなりのメッセージをお骨やその熱さから感じ取っています。葬儀やさんにしても火葬場にしても「死んだ人を相手にする」職業だとばかり思っていたのですが、そうじゃぁない。「誰かが死んだ」ということをトリガーにして「生きているということはどういうことか」を伝えてくれる人なんです。

●お寺へ

16:00にお骨をもってお寺に行きます。お寺に着くと本堂に入ります。いまどきのお寺は椅子があるんです(畳の上に)。椅子に座って待ちます。住職がお経を上げている間みんなお焼香をします。ここでのお焼香はお賽銭を焼香台に置きました。100円です。

お経が終わると、なぜか「それでは休憩します」とのこと。お茶が配られます。お寺で椅子に座って、お茶を飲むというのは意外。休憩が終わるとお経の本が配られてわたし達も一緒にお経を読みます。

お経が読み終わると、住職のお話です。開口一番「不死身のおばぁがついに死んだか」でぐっとつかみました。もちろん住職はなくなった祖母のことはよく知っていて、今までの病状もよく知った上での冗談で、その場を和ませてくれました。

お坊さんのお話によると、お葬式の場では死者に対して「ご苦労様」「安らかにお休みください」というのはダメなんだと。むしろ「ありがとう」であり「これからも叱咤をお願いします」という期待を込めるのが正しい死者の送り方なんだと。もちろんこれは宗教上の考えではあります。死者が生きているものを「見守る」ということは科学ではなく宗教です。

ただし、誰かが死んだことで、残された人の行動が変わるのは確かです。良い方向に変えてくれれば、それは「ありがとう」なんでしょう。

お話が一通り終わると、以上解散です。お経の本が配られた状態ですが、住職が「欲しい人はどうぞもって帰ってください」とのこと。布教という考えからいけば、こういう機会にお経を上げてくれる人が増えるのはいいことなのでしょう。「ま、願わくば、、、、返していただきたい」とのフォローもありました。そりゃそうです。

田舎のお寺の住職が強いのは、「死んだ人の生前を知っている」ということでしょう。死んだおばあちゃんが信心深いのも知っている。その息子のわたしの父がほとんどお参りをしないのも知っている。残された人が死んだ人に対してどう思っているかも知っている。その中での「残された人へのアドバイス」は的確です。こんな仕事があったのか。

●またまたお食事

お寺から家に帰ると今度はお食事。ちょっと早い晩御飯。今度は仕出屋さんのお弁当です。だだっ広いので収容力はあるのですが、テーブルがない。みんなやっているので見た目は変じゃないのですが、正座をして畳の上の仕出し弁当を食べるというのは不思議な感覚です。

ここまで来てやっと自覚したのですが、正座をした状態で延々とお辞儀をするとひざに来ているんです。足首の「痺れ」がネックかと思いきや、正座のままのプチスクワットの方がこたえる。

酒も用意はしたものの、飲む人は少ない。車で来ている人は飲まないというのが普通になってきている。

お食事が終わるともう一回お参り。そこからは徐々に流れ解散で、限られた親戚だけが泊まることになりました。そこからは12時くらいまでお話。めちゃめちゃディープな話になってプライベートな問題があれこれ解決しそうな感じ。

●結論

葬式は大事。なぜならば、

  1. 生きているということはどういうことかを教えてくれる
  2. 会えない人と会わせてくれる
  3. 1と2を達成するためのシステムがそこそこ良くできている

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Comments

確かに、いくらお金を払ったからといって、葬儀屋ほど行き届いたサービスを提供してくれるところはありませんね。他の業種でも「こんな場面でお客さんに文句をいわれたら困る」「失礼の無いように…」てなことを葬儀屋さんと同じくらい考えたら、ニッポンはもっと生活しやすくなると思います。

Posted by: honodera | 2006.01.19 10:46 AM

とてもおもしろい記事でした。
すごい観察力と記憶力にびっくりです。
肉体は自然の産物でした。
この世から消えてなくなってしまった肉体の替わりに
自分の心に残してくれたもののすごさにびっくりです。
死をもって、偉大な存在そのものに変わりました。
素敵な人に巡り会えていたんだと、永遠に心に残ります。
結局、会いたい人たちに会わせてくれるという
最後の機会も、今までとまったく一緒でした。
こんなにお葬式らくしないお葬式は、最初で最後かもしれないくらいリラックスしてしまった。
人からみれば、不謹慎かもしれないけど・・・・。
オートマティックに事が進んでいくのを眺めては、
感謝、感謝でした。

Posted by: yoko | 2006.01.22 12:08 AM

>この世から消えてなくなってしまった肉体の替わりに
>自分の心に残してくれたもののすごさにびっくりです。
まさに「ありがとう」やねぇ。

Posted by: 山本ゆうご | 2006.01.23 08:20 PM

ほんとー、「ありがとう」しか出てこないですよ~。
本当の感謝ってこういう静かなものだねー。

私もプログ作りマース。
初心者なもんで、「こんなのがあったのか」ってな状態です。
サイト、参考になります。(内容は無理だけど)

Posted by: yoko | 2006.01.24 12:02 AM

「ありがとう」これを漢字に書き換えると、「有難う」です。有るということが難しい、有が難なのです。戴いたことを当たり前とか当然のように思う心からは出てこない。
おばあさんから沢山のことを頂戴しましたね。当たり前の様に思っているけど!当たり前の時のありがとうは打算の言葉。
沢山のことを頂いて、今ここに在る私ですね。だから今ここにいる私が有難うなのです。それが葬式です。
色々と云いたいこともありますが、今度お会いした時の楽しみに!(時間があれば)
それと「生きているということはどういうことかを教えてくれる」この内容を聞かせてもらいたいですね。
長々すいませんでした。

Posted by: 雑なお坊さん | 2006.01.26 05:15 PM

わぁ、ご本人登場。すんません、勝手に命名してしまいまして。

>それと「生きているということはどういうことかを教えてくれる」この内容を聞かせてもらいたいですね。

あ、あんまり絞っても大したこと出てこないですよ。

法事の時に病院にお見舞いに行ったときには、正直なところ「これは生きていると言っていいんだろうか」と思いました。自分でご飯を食べれない、介護をしてくれている母のことが認識できない、床ずれでどんどん体が「腐っていく」。人としてというよりも生き物としての合格ラインを下回ってしまっているのではないかという印象でした。

負け戦を戦っているだけなんじゃないのかと。誰かレフリーストップしてあげてもらえないのかと。

ところがいざ死人と比較すると、死ぬ直前のおばあちゃんとは大きく違う。少なくとも、生きていた時には、人が来れば反応してなんとか挨拶をしようとしていたし、食べ物も自分で食べれなくても選り好みはしていた。チューブにつながれて「生かされていた」けど、ほとんど意識がないにも関わらず「鬱陶しい」のかチューブを外そうとしていた。手も何かを掴む能力はほとんどなかったけど、何かしら掴もうとはしていた。特に死人の手は、何も掴もうとしていないのでかなり死を大きくあらわしていました。

健康体として生きているとはいえなかったかも知れないけど、体全体が生きようとはしていたのは確か。

Posted by: 山本ゆうご | 2006.01.27 12:00 AM

これからは、自分もおばあちゃんと同じように死んでゆく身であると、自分を見つめてみてください。
そこに死んだおばあちゃんの、いのちの躍動、はたらきがありますから。
書き出すと長くなるから又、お遇いした時にしましょう。

Posted by: 雑なお坊さん | 2006.01.27 05:27 PM

ではまた49日に。

Posted by: 山本ゆうご | 2006.01.29 12:28 AM

Hello i am kavin, its my first occasion to commenting anyplace, when i read this paragraph i thought i could also create comment due to this brilliant piece of writing.

Posted by: dog training plainfield il | 2014.08.09 09:43 PM

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Posted by: match.com | 2015.04.06 07:57 PM

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