今月の私の履歴書が、小宮隆太郎なので、あちこち引用。
当時、学会の多数派のマルクス経済学の人達は、「資本主義は行き詰まる」というのが基本的な見方だった。
経済の歴史には発展段階があり、奴隷制から封建制にいたり、資本主義、帝国主義、独占資本主義を経て、プロレタリア革命によって社会主義に至る。そして資本主義は1930年代に「一般的危機の時代」に入ったとされた。 2008/12/16
80年後半でもこういう事を授業では教わっていました。一番進んでいるのが社会主義だと。直後にベルリンの壁が崩されましたが。
マルクス経済学の模範解答。
「資本主義国家の財政は一般大衆を搾取して利潤を増やす仕組みであり、大衆課税によって支えられている」
「資本主義国家の労働政策・社会保障は国家総資本の利益のために行われている」
「帝国主義とは、労働者の搾取により国内市場が狭隘になって、行進国に資本が輸出されるために実現する」
これが観測結果なのか単なる言葉の定義なのかはよく分からない。これが学問なのか単なる演説の言葉のあやなのかもよく分からない。当然のことながら、ちょっと考えればこれが学問で花k単なる主張だということは指摘される。
70年に雑紙「エコノミスト」に「原題資本主義の展開 マルクス主義への懐疑と批判」という40ページに近い長大な論文を載せてもらった。正面からの反論はなく、「拍子抜け」という感じだった。
マルクス主義自体が、夢を語っているのであってそれにマジレスしても「盛り上がらない」のでしょう。
「マル経の中でも『価値論』、つまり労働価値説は最も無価値なものだと思う(笑)」
当然のことなが近代経済学では労働ではなく効用が価値として認められる。つまりその価値を受け取る側が満足するかどうかという点に集約される。労働がきついかどうかは関係がない。真珠に価値があるのは、「海女さんが息を止めたから」ではなく、その真珠を受け取った人が「気分がいい」から。同じくらい苦労をしても海底の石ころでは価値がない。
きつい労働をしてもそれに見合う対価が得られないというのは、「搾取」されているからではなく、その労働自体に価値がないから。
自分の労働に価値が無いと認めるのは、非常に辛い。だからお客様の満足からは目をそらして労働に価値があると思い込みたい。だからマルクス経済学は受ける。大半の人のプライドを満足させる。だけどそれは事実から目をそらすという点で学問とは言い難いし、人類の成長を阻害するという点では、無価値どころか有害。
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